【12月21日は何の日】豆知識~「バスケットボールの日」

 

 

こんばんは、まちゃはるです。

記念日は毎日です。

12月21日は何の日かというと

バスケットボールの日」。

 

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あなたは

バスケットボール

をやったことはありますか?

 

私は体育の授業でしかやったことは

ありません。

 

私のような人は多いと思いますが、

私の世代(40代)の人は

マンガ「スラムダンク」

にはまったという人も多いはず。

 

「スラムダンク」に影響されて

バスケットボールを始めた人も

少なくないのではないでしょうか。

 

濃いキャラが勢ぞろい。

そんな彼らが起こす様々な事件や

いざ試合になったら本領発揮する

「問題児軍団」にハラハラドキドキ!

 

今回はそのスラムダンクについて

迫っていきたいと思いました。

 

そこで、「バスケットボールの日」

が制定された経緯と、

私がはまったスラムダンクについて

取り上げていきます。

 

 

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豆知識①「バスケットボールの日」が制定された経緯

 

「バスケットボールの日」は制定された

というよりは、バスケットボールの解説者

である島本和彦さんにより提唱されました。

 

その際に

「バスケットボールの日』

委員会

が作られて2011年から

「バスケットボールの日」が

制定されました。

 

つい最近までなかったんですね。

バスケットボールは歴史のあるスポーツ

なので、もっと昔からあるような

イメージでした。

 

まあ日本でバスケットボールが

盛んになったのは

スラムダンク

というマンガが流行ってからですかね。

 

それまではバスケットボールは

どちらかというと

「地味なスポーツ」扱いでしたね。

 

それでも20年以上前の話ですがね。

 

島本さんが提唱していなければ

「バスケットボールの日」は

まだ作られていなかったかもしれません。

 

それか井上雄彦先生(スラムダンクの作者)

によって提唱されていたかもしれませんね。

 

バスケットボールの歴史は古く、

1897年12月21日

にマサチューセッツ州スプリングフィールド

で初めてバスケットボールの試合が行われた

のが最初でした。

 

これが由来で12月21日が

「バスケットボールの日」に

選ばれました。

 

つまり、「バスケットボールの日」は

バスケットボールの誕生日。

 

それからというもの、アメリカでは

メジャーな競技になり、どこにいっても

バスケットのゴールがありますね。

 

それに対して日本では

バスケットのゴールがある公園は少なく、

それほどメジャーなスポーツでは

ありませんでした。

 

バスケットボールを流行らせたマンガが

「スラムダンク」。

 

日本のバスケットボール界に

革命を起こしたと言っても

過言ではありません。

(大げさすぎ!)

 

そんなスラムダンクについて

迫っていきたいと思いました。

 

ということで、そのスラムダンクについて

取り上げていきます。

 

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豆知識②スラムダンクについて

 

あなたは「バスケットボールのマンガ」

と聞いてどのマンガをイメージしますか?

 

今の若い人達は「黒子のバスケ」

とかいうのかもしれません。

(私は読んだことありませんが)

 

しかし我々の世代(40代以上)では

スラムダンク

という人が圧倒的に多いのでは

ないでしょうか。

 

「スラムダンク」とは1990年から

週刊少年ジャンプで連載されていたマンガ。

 

ちょうど私も学生時代で、

部活は何にしようかと

悩むような時期でした。

 

そんな中、スラムダンクの影響で

バスケットボール部に入部した人が

多かったですね。

(私はバスケットボール部には

入りませんでしたが)

 

ただ、彼らはいわば「にわかファン」

みたいなもの。

 

バスケットボール部の練習の過酷さ、

現実を目の当たりにして退部する人も

少なくありませんでした。

 

どんな理由であれ、バスケットボールが

注目されることは

関係者には喜ばしいことだったはず。

 

ただ、スラムダンクが連載される前

からバスケットボールをやっていた人は

「流行に乗りやがって」と

怒っていましたけと。

 

 

スラムダンクの主人公は

巷では名の通った不良で

バスケ初心者である

「桜木花道」。

 

 

中学から有名な選手だった

花道のライバル?である

(恋仇でもある)ルカワこと

「流川楓」。

 

 

バスケット部の大黒柱で

花道ですら顔負けの

ゴリラダンクキャプテンの

「ゴリ」こと

「赤木剛憲」。

 

 

先輩から目をつけられてた

「アヤちゃん」に惚れていた

リョーちんこと

「宮城リョータ」。

 

 

中学でMVPを取るほどの選手

でしたが、膝の怪我でバスケを

やめて一時グレていた

ミッチーこと

「三井寿」。

 

 

あっ、副キャプテンの優等生で

いかにも優しい「メガネ君」こと

「木暮公延」

もいましたね。

 

 

この5人が主力メンバーで大会を

勝ち抜いていくというストーリー。

 

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ストーリーが進んでいく過程で

いろんなことがありましたね。

 

ゴリ以外は「問題児軍団」でしたからね。

(ゴリは顔に似合わずメガネ君以上に

成績優秀者でした)

 

初心者の花道がゴリとバスケの勝負をしたり

ルカワやリョーちんと喧嘩したり、

陵南と練習試合をしたり

監督の腹をタプタプしたり。

 

花道がバスケをやる過程で

いろんなことが満載でしたね。

 

 

その中でも一番印象的なのは

「ミッチー」がバスケ部に

戻るところ

 

ミッチーが不良軍団を引き連れてバスケ部に

乗り込んできて、もうメチャクチャな

ケンカになりました。

 

そこで登場したのが花道の友達である

「桜木軍団」。

 

ますますケンカが激化していきました。

 

そのケンカが先生方にバレて

即廃部か大会に出場停止を食らう

ような状況でした。

 

ミッチーがバスケ部にもどりたいということ

を知った

「桜木軍団」の1人である

「水戸洋平」の一言

がバスケ部を救うことになりました。

 

「三井くんが僕らのグループから出て

バスケ部に戻りたいなんていうから頭にきて

バスケ部も三井君もやってしまいました。」

と言いったおかげでバスケ部は

お咎めなしでした。

 

おかげで桜木軍団は謹慎処分になり、

ミッチーは

無事バスケ部に戻ってきて大活躍しました。

 

これは超脇役である「水戸洋平」の

超ファインプレーだったのでは

ないでしょうか。

 

 

この先どうなるんだろうと思っていたところ

での洋平のこのシーンははカッコよかった

ですね。

 

そんな中、

個人的には「ミッチー」が

一番好きでしたね

 

ミッチーがいなければ全国大会には

行けませんでしたからね。

 

ミッチーの

「安西先生、バスケがしたいです」

というのは単純な言葉ですが「名言の一つ」

だったのではないでしょうか。

 

名言といえば、安西先生の

「諦めたらそこで試合終了だよ」

というのはスラムダンクの中で

一番の名言として有名ですね。

 

 

ただ、私が一番好きだったのは

海南大附属高校の高頭監督が言い放った

うちに天才はいない。

たが、うちが最強だ

という言葉でしたね。

 

人生で一度でいいから

言ってみたい一言ですね。

 

 

12月21日は何の日?まとめ

 

12月21日は

「バスケットボールの日」。

 

ということで、バスケットボールのマンガ

であるスラムダンクについて

取り上げてみました。

 

ここであなたに聞いてみたいです。

あなたは「スラムダンク」のどのシーンが

一番印象に残っていますか?

 

 

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